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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

松下町 (名古屋市)

1959年(昭和34年) - 伊勢湾台風により甚大な被害を生じる。白水小学校校庭には、被災者の冥福を祈る友情の碑が設置されている。 1947年(昭和22年)9月10日 - 鳴尾町の一部を編入する。 2019年(平成31年)4月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである。 国勢調査による人口の推移

คำที่เกี่ยวข้อง

下茶屋町 (名古屋市)

下茶屋町(しもちゃやまち)は、愛知県名古屋市中区の地名。 真宗大谷派名古屋別院の門前町にあたり、享保年間に遊廓(茶屋)が成立したことに由来する。明治に至って、名古屋城下碁盤割に所在する茶屋町と区別するために下茶屋町と改称した。 1871年(明治4年)9月29日 - 愛知郡下茶屋町となる。『なごやの町名』は、茶屋町・小栗街道・東輪寺門前により成立したとする。

下坂町 (名古屋市)

愛知県 > 名古屋市 > 瑞穂区 > 下坂町 下坂町(しもさかちょう)は、愛知県名古屋市瑞穂区の地名。現行行政地名は下坂町1丁目から下坂町4丁目。住居表示未実施地域。 名古屋市瑞穂区西部に位置する。東は白竜町、西は堀田通、南は柳ヶ枝町、北は田光町に接する。 瑞穂町の旧字下坂

藪下町 (名古屋市)

藪下町(やぶしたちょう)は、愛知県名古屋市西区の地名。 1878年(明治11年)12月28日 - 愛知郡名古屋村の一部により、名古屋区藪下町となる。このとき、上裏屋町・下裏屋町をそれぞれ合併している。 1889年(明治22年)10月1日 - 名古屋市成立に伴い、同市藪下町となる。 1908年(明治41年)4月1日 -

橋下町 (名古屋市)

中村区 > 橋下町 橋下町(はししたちょう)は、愛知県名古屋市中村区の地名。丁目の設定はない。住居表示実施。 名古屋市中村区北部に位置する。南西から北西は日比津町に接する。 日比津町の字橋下および橋下西による。 1947年(昭和22年)5月20日 - 中村区日比津町字砂田・字茶之木・字寺裏・字橋下

老松町 (名古屋市)

愛知県 > 名古屋市 > 中区 > 老松町 老松町(おいまつちょう)は、愛知県名古屋市中区の地名。 1909年(明治42年)10月1日 - 愛知郡千種町字狐塚の一部により老松町1丁目および4〜7丁目が、字西境の一部により老松町4丁目が、字下古井の一部により老松

松葉町 (名古屋市)

日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 中川区 > 松葉町 (名古屋市) 松葉町(まつばちょう)は愛知県名古屋市中川区にある町名。現行行政地名は松葉町1丁目から松葉町5丁目。住居表示未実施。 名古屋市中川区の北東部に位置し、東と北に長良町、南東に南脇町、北東に烏森町、西に小本、南に辻畑町に接する。

松前町 (名古屋市)

1934年(昭和9年)1月15日 - 西区栄生町の一部により、同区松前町が成立。 1955年(昭和30年) - 町内に遊技機製造販売業のモナミ商会が創業。 1966年(昭和41年) - モナミ商会が千種区に本社を移転。 1994年(平成6年) - 廃止。 [脚注の使い方] ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2019年1月6日閲覧。

大松町 (名古屋市)

(2012年6月29日). “平成22年国勢調査 名古屋の町(大字)別・年齢別人口 東区” (xls). 2017年10月8日閲覧。 ^ 名古屋市役所総務局企画部統計課統計係 (2017年7月7日). “平成27年国勢調査 名古屋の町(大字)別・年齢別人口” (xls). 2017年10月8日閲覧。 ^ “市立小・中学校の通学区域一覧”

松坂町 (名古屋市)

松坂町(まつさかちょう)は、愛知県名古屋市守山区の地名。丁番を持たない単独町名である。住居表示未実施。 名古屋市守山区中央北部に位置する。東は牛牧、北は川に接する。 白沢川 大字牛牧の字ハナレ松と大字川の字小坂の各一字を採って命名されたとされる。 1973年(昭和48年)6月16日 - 守山区大字牛牧・川の各一部により、同区松坂町として成立。

松風町 (名古屋市)

名古屋市 > 昭和区 > 松風町 松風町(まつかぜちょう)は、愛知県名古屋市昭和区の地名。現行行政地名は松風町1丁目から松風町3丁目。住居表示未実施。 名古屋市昭和区西部に位置する。町域は阿由知通に分断されており、東は石仏町、西は御器所三丁目に接する。 1933年(昭和8年)9月20日 -

下堀川町 (名古屋市)

中区 > 下堀川町 下堀川町(しもほりかわちょう)は、愛知県名古屋市中区の地名。 1878年(明治11年)12月28日 - 日置村下日置町の一部により、名古屋区下堀川町が成立。 1889年(明治22年)10月1日 - 名古屋市成立により、同市下堀川町となる。 1908年(明治41年)4月1日 - 中区編入により、同区下堀川町となる。

下飯田町 (名古屋市)

字南原・仲田・薬師裏・西向田の各一部を彩紅橋通1~2丁目に編入。 字下流・五幡田・下垣戸・東猿投の各一部を木津根町に編入。 字東原・仲ノ川・藤方志の各一部を指金町に編入。 字寺西・南出・東生駒・下三反田の各一部を紅雲町に編入。 字下流・五幡田の各一部を龍ノ口町に編入。 字五幡田・下垣戸の各一部を憧旛町1~3丁目に編入。

幅下 (名古屋市)

景雲橋郵便局 須佐之男社 迦具土社 中央菓子卸売市場 みゆき公園 中央菓子卸売市場(2013年8月) 巾下学問所跡 蟹養斎が1748年(延享5年)に尾張藩の公許により、巾下御門御作事屋敷内に設置した学問所。1749年(寛延2年)に藩主徳川宗勝より「明倫堂」の扁額を賜ったのちは「明倫堂」(巾下明倫堂)と称され

研屋町 (名古屋市)

日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 中区 > 研屋町 研屋町(とぎやちょう)は、愛知県名古屋市中区の地名。 廃刀令発令により、当町に刀剣商が集まったことによるという。 1871年(明治4年)9月29日 - 杉ノ町筋の一部により、愛知郡研屋町として成立。 1878年(明治11年)12月20日 - 名古屋区成立に伴い、同区研屋町となる。

板屋町 (名古屋市)

名古屋市計画局 1992, p. 740. ^ 名古屋市計画局 1992, p. 741. ^ 山田幸太郎 1954, p. 154. 山田幸太郎 著「吉田祿在居住址」、名古屋市文化財調査保存委員会 編『名古屋史蹟名勝紀要』芸術案内社、1954年12月25日、154頁。  「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典

米屋町 (名古屋市)

日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 中村区 > 米屋町 米屋町(こめやちょう)は、愛知県名古屋市中村区の地名。現在の名駅三・四丁目の各一部に相当する。 当地に名古屋米穀取引所が所在したことに由来する。同取引所は1898年(明治31年)に設置され、1927年(昭和2年)に中区米浜町へ移転した。 1901年(明治34年)4月17日

油屋町 (名古屋市)

名古屋市 > 港区 > 油屋町 油屋町(あぶらやちょう)は、愛知県名古屋市港区の地名。現行行政地名は油屋町1丁目から油屋町4丁目。住居表示未実施地域。 名古屋市港区中央部に位置する。東は善進町・善進本町、西は高木町、南は善進町、北は当知二丁目・入場二丁目に接する。 当地の地主が油屋を営んでいたことに由来するという。

鍋屋町 (名古屋市)

名古屋市 > 東区 > 鍋屋町 鍋屋町(なべやちょう)は、愛知県名古屋市東区の地名。1976年(昭和51年)1月18日、同区泉二丁目および同三丁目に編入され、消滅。 中学校 - 名古屋市立冨士中学校 小学校 - 名古屋市立山吹小学校 国勢調査による人口の推移 かつては清洲城下町に鍋屋

玉屋町 (名古屋市)

玉屋町(たまやちょう)は、愛知県名古屋市中区(当時は西区)にあった地名。現在の丸の内の一部に相当する。 清洲越しにより清洲の下本町(しもほんまち)が移転して成立したため、その名称で存在していたが、貞享4年に宝珠(宝の玉)に由来する玉屋町と改めたという。 慶長16年 - 清洲越しにより、名古屋城下町において下本町として成立。